手掘りトンネルツアー

朝から、写真家の中里和人さんに案内していただける房総手掘りトンネルツアー(INAXギャラリー主催)に参加した。房総半島は標高500mを越えることのないなだらかな丘陵地帯だが、地盤が柔らかいせいか、あちこちに手掘りのトンネルがあるらしい。そのなかから中里さん選りすぐりのトンネルを巡るツアーなのだ。一行は西船橋駅に集まってバスに乗り組んだ15名ほど。

 

思いのほか渋滞もなく、バスは予定より早く最初の目的地へ。ここは竹岡の立体交差トンネル。手掘りトンネルのさらに地下にJR内房線の線路が立体交差しているという2段式のトンネルである。後から思えば手掘りトンネルとしては普通の規模だったのだが、初めてなので、参加者一同みな興奮気味にトンネルに入って行った。幅、高さとも3mに満たない小ささで、壁にはノミの後がくっきりと残っている。蛍光灯がぽつんと1つ灯っているだけで、快晴なのにトンネルのなかは薄暗い。しかし、ここはあくまで序章に過ぎず、トンネルを抜けたらいきなり本日の主役が待ち受けていたのである。

 


これが竹岡の吹抜トンネルである。天井まで十数メートル、およそ必要のないほどの高さが圧巻で、幅はやはり3mほどだからプロポーションは極度に縦長。壁には斜め方向にくっきりと地層が浮かび上がっている。ここのもうひとつの魅力は、道が絶妙にカーブしていることで、トンネルの向こうに行ってみたいというトンネル本来の?空間の効果を強めている。なんのためにこれほどの高さが必要なのか分からないが、そもそももっと高い位置で貫通していたのを、だんだん下の方に掘り進めたのではないかという話もでた。しかし、トンネル下部はいかにも手掘りらしくアーチ状になっているのに対し、上部は切り落としたように天井と壁が直角になっているので、下を掘った後に上を落としたのかもしれず、実態はやはり謎のようだ。

バスに戻って、途中、黄金井戸と呼ばれるヒカリモによって水面がゴールドに輝く洞穴に立ち寄ったりしながら次の目的地を目指す。

 


ここは数馬の三十三カ所巡礼トンネルである。壁にずらりと掘られた観音様を拝みながら、全長20mほどのU字形のトンネルをひと巡りすると三十三カ所巡礼ができるというありがたいトンネルなのだ。江戸時代につくられた歴史のあるものだが、道路から少し入ったところにあり、看板も出ていないのでまったく知られていないという。ここは、トンネルだけでなくその周囲の山腹も掘られていて、まるで小さなカッパドキアのような異様な造形を成している。洞穴が神性を帯びるのに対し、ひとたびトンネルとして貫通すると人間の営みを感じさせるものだが、ここは洞穴でもありトンネルでもあり、聖域でもありながら一方で微笑ましいようなお手軽感も漂うという不思議な場所だ。


 
ツアーのかたわら、何人かの参加者の方から面白い話を聞かせていただいた。
リーダーである中里さんは、こうしたトンネルを歩いて探すのだという。ほかにも小屋やカーブした道など、中里さんの眼は人間の営みが自然地形と巧みに折り合いをつけつつ共存してきた様を捉える。ツアーは先人たちの営みの追体験であるとともに、写真家中里さんの視線の追体験でもあるのだ。
また、土をテーマに制作されているアーティストの栗田宏一さんは、この日もときおり小さなスコップを手に土を採取されていた。土というのは表現の材料としてはありふれているようで、意外と少ないのだという。例えば、陶芸や左官は土を扱うが、表土をそのまま使うわけではない。加工したり混ぜ合わせたり模様を入れたりして使う。栗田さんの作品は、2006年の妻有アートトリエンナーレでも拝見したが、各地から採取した表土そのものの色や風合いの違いを活かしている。

さて、バスに戻って、最後の目的地へ少し長い移動。

 


バスが停車した道路の脇を見ると、はるか向こうの出口まで真っすぐに伸びる月崎直線トンネルだ。出口の光は非常に小さく、全長は150mほどありそうだ。トンネルの断面形は入り口付近は尖頭アーチだったものが、だんだんと半円アーチのようになっていく。途中で向こうから車がやってきた。ここも幅が3mに満たないが、奥の集落の生活道路として現役らしい。

トンネルを抜けると、小湊鉄道の線路と竹林にはさまれた一本道。もうひとつのトンネルがあるというので、そのまま歩いていく。

 

やがて見えてきたのが月崎三次曲面トンネルだ。ここは、今までのようなノミ跡が残るような岩盤ではなく、非常にもろく柔らかい土を掘っており、それがおそらく風雨によって表面が滑らかに磨かれている。そのため、トンネルの出口と入口付近の壁と天井が美しい三次曲面を描き出す。水の浸食によって後退するナイアガラの滝が美しいカーブを描くように、ここももろい地盤がたびたび崩落を起こしながら、このようなカーブを見せているのだろう。柔らかで、もろくて、それでいて意外にダイナミックなバランスのうえにあるに違いない美しさである。

 
最後に、トンネル中央部の少し天井が折り上がったところで、中里さんの音頭で一本締めでツアー終了。拍手は共鳴してトンネル中に響き渡ったのだった。